研究者紹介

【ナノテクノロジー・材料】 (2013/01/17公開)

◇荒川 圭太 准教授 大学院農学研究院 樹木生物学研究室

過冷却促進物質の機能を活かした産業応用をめざす


他研究室の諸先輩に触発されつつ研究者への第一歩を踏み出す


植物生理学の研究に興味を持ち、大学院へ進学するきっかけとなったのは、学部4年生の卒論研究に選んだテーマ(高等植物の耐塩性機構)が他の研究室との共同研究にかかわるため、別の研究室へ出入りしていたことでした。そこは学部附属の研究施設に属する研究室で、大学院生以上のメンバーで構成され、しかも他大学から入学してくる学生の割合が高く、4年次に在籍した研究室とは異なる雰囲気のなか、多くの先生や先輩方にお世話になりつつ卒論研究に専念することができました。当時はこれといって確固たる信念があったわけでなく、ただ植物のストレス応答の生理・生化学的研究に純粋に興味を覚えたことが、研究者の第一歩でした。

就職が転機となって植物の耐寒性機構の研究へ


次なる大きな転機は、博士の学位取得後に北海道大学の低温科学研究所に就職が決まったことです。植物凍害科学研究室(当時吉田静夫教授、現北大名誉教授)の助手として赴任し、草本植物の耐寒性機構について研究を始めました。私は愛知県出身のため、札幌の気候は一年を通してすべて新鮮に映り、特に長い冬が印象的でした。当時、吉田先生をはじめ研究室のみなさんから植物の耐寒性の基礎を教えていただきました。植物の耐寒性を研究テーマにする訳ですから、植物が厳しい冬を越す現象を理解するには、北大はまさに都合の良い環境にあったわけです。

その後、隣の研究室に所属されていた藤川清三先生(現北大名誉教授)から樹木の耐寒性に関する説明を聞き、それを研究対象にする面白さを教わりました。例えば、一本の落葉広葉樹を例にみても、樹皮(皮層)の細胞とその内側の材(木部)の細胞では氷点下温度に対する適応の仕方や凍結耐性の程度も異なります。また、冬芽になるとさらに異なる適応の仕方のものがあり、その仕組みや特徴を明らかにすることに興味はつきません。このように、多年生の樹木(とくに寒冷地に生育する樹種)における寒冷適応機構は、草本植物のそれとは異なっていて興味深いものがあります。これがきっかけとなり、樹木の耐寒性に興味を持って研究を始めることになりました。その後、藤川先生が農学部(当時木材生物学研究室)に教授として異動されましたが、私は樹木の越冬機構に比重を高めて研究を進めることになり、私も農学部の同研究室(現樹木生物学研究室)に異動し、藤川先生と同じ研究グループの一員として引き続き同じ研究テーマで実験をおこなってきました。

樹木の二次代謝産物が水の凍結を制御する

普段あまり気にされないと思いますが、低温といっても、水が凍る氷点以上のプラスの温度域と氷点以下のマイナスの温度域では、生物にとって状況がかなり違ってきます。なかでもマイナスの温度域では凍結にさらされる可能性があるわけですが、越冬する植物では細胞外(道管や細胞間隙などを含む)の水は凍っても、細胞内(原形質)の水を決して凍結させることはありません。細胞内の水が凍結すると、細胞内部でできた氷晶が生体膜構造などを破壊して致死的な傷害を与えるからです。

草本植物や樹木の皮層柔細胞など多くの細胞では、細胞外の水が凍り始めると、温度の低下にともなって徐々に脱水していくため、結果的に細胞内の水が凍結しにくくなります。一方、樹木の木部柔細胞では脱水しない代わりに残存する水を過冷却状態に維持することで細胞内の水の凍結を回避しています。特に寒冷地で生育する樹木の木部柔細胞でみられる過冷却は、日常生活で偶然に一過的に起こりうる冷凍庫内での清涼飲料水などの過冷却現象とは異なり、-40℃近くのより低温であっても、より長期間安定的に過冷却を継続できることから深過冷却と呼ばれています。この深過冷却機構に関しては、当時、堅牢で厚い細胞壁構造の特性のみで説明されてきました。

しかし、藤川先生の指導のもと、我々の研究グループは、凍結のきっかけとなる氷核の形成を阻害する活性(すなわち過冷却を促進する活性)を持つ細胞内成分が樹木木部からの抽出物中に存在することを見出しました。すなわち、氷核物質を添加することで水溶液を凍結しやすくした実験条件で、この水溶液が凍結する温度を低下させたり、凍結する開始時間を遅らせたりする活性が木部抽出物から検出されたわけです。その後の研究によって、この過冷却促進物質が二次代謝産物の一種であるフラボノール配糖体であることが明らかになり、さらにはその構造類似体にも同様の活性が検出されました。したがって、樹木の木部柔細胞では、細胞壁という特殊な構造物によって細胞外の氷晶の侵入や伝播を防ぐことに加え、細胞内部(原形質)ではこれらの過冷却促進物質が存在することによって細胞内の水の凍結を阻止し、深過冷却を維持しているものと考えられました(図参照)。

過冷却促進物質の機能を活かした産業応用をめざす


現在、これらの過冷却促進物質やその構造類似体などを用い、様々な条件下で過冷却維持効果を検証すると共に、共同研究などを通じて産業利用の可能性も探っています。これまで、共同研究契約の締結や特許出願・取得などの手続きでは産学連携本部の方々には大変お世話になっています。普段、知的財産権にかかわる基本知識とその運用に関する知識を十分に理解することをついつい後回しにしている現状で、専門的なアドバイスや書類作成に関して手厚くサポートいただけることは非常に助かっています。

私共の研究室は農学部に属していますので、自ずと農産物などを氷点下で冷蔵保存する技術や、農作物の凍霜害防止への応用の可能性に目を向けがちです。過冷却促進物質を応用する試みは始めたばかりで、その可能性を広げるための創意工夫や試行錯誤がたくさん必要です。一方で、過冷却促進物質の効果によって水の凍結を防ぐ試みは、農学以外の産業分野にも応用できる可能性が十分にあると思っています。ただし、自分の専門分野以外においてその利用価値を見出すことはなかなか難しい場合もあります。

近年、製品開発・販売でもアジア諸国の台頭は目覚ましく、日本の科学技術の進歩や競争力の向上がすぐにでも必要とされています。このような状況のなか、北大発の新たな技術開発を推進するきっかけを作るためにも、利用されずに埋もれている技術シーズを北大内の組織や研究分野を横断して結びつけるような試みが、今まで以上に推進されたら良いと思います。
研究室 HP:http://www.agr.hokudai.ac.jp/rfoa/env/env3-4.html
北海道大学 TLO通信 創業デスク 北海道大学研究シーズ集 vol.4
食科学プラットフォーム 北海道大学URAステーション 北海道大学 研究者総覧 onちゃん北大事務局