研究者紹介

【ライフサイエンス】 (2010/09/25公開)

◇千葉 仁志 教授 保健科学研究院保健科学部門病態解析学分野

世界水準の脂質・リポ蛋白分析技術を活かして生活の質の向上を目指す!

研究者への転身はステロイド化合物との出会いから


 北大医学部の学生時代は目標の定まらぬ劣等生でしたが、血圧調節の仕組みであるレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系の仕組みに魅了されて北大の第二内科に入局し(1981 年)、内分泌学から血圧を臨床学的に研究することにしました。入局後まもなく、高血圧で長年悩んでいた原発性アルドステロン症患者の副腎皮質から良性腫瘍を手術で除去したら高血圧が嘘のように治ったことから、道内各地でこの病気の患者について徹底的に研究したところ、全員が最初の病院で普通の高血圧として何年から何十年も投薬を受けていた、つまりは適切な処置を受けていなかったことが分かり、大変驚いたことがあります。
 これと時期をほぼ同じくして、原発性アルドステロン症患者の尿中から特殊なステロイド化合物(18-ヒドロキシコルチゾール)が見いだされたとの報告があり、この化合物が一種の腫瘍マーカーになるのではとの着想からその合成を目指したのが、臨床医から研究者へ転身したきっかけとなりました。朝から夜中まで合成・分離・再結晶・構造決定を行うには第二内科非常勤医員の仕事は邪魔だったので、研究生として学費を払う立場に戻り、
さらには内科に戻ってヤブ医者になるよりも薬学部での経験を生かすのが世のためと、北大検査部に転職を決めたのです。
 そして、この検査部で始めた脂質・リポ蛋白代謝研究が今につながる一生の仕事になっているのですが、当時はその様な展開となることは考えもしませんでした。脂質・リポ蛋白代謝研究はアポリポ蛋白の酵素免疫測定法の作成から始まりましたが、後にapoE-richHDL という特殊なリポ蛋白がHDL コレステロール測定試薬のメーカー間差の原因となること、胆汁うっ滞症やコレステリルエステル転送蛋白(CETP)欠損症(家族性高HDL コレステロール血症)で増加することを報告しました。現在、次世代の脂質代謝改善薬とされるCETP 阻害薬(HDL コレステロール上昇薬)の開発においてapoE-rich HDL の動脈硬化上の意義について世界的に関心が高まっていますので、臨床家を巻き込んだapoE-rich HDL
に関する議論が将来高まるものと期待しています。
 平成16 年に北大医療技術短期大学部が健康科学研究を目指して4 年制の医学部保健学科になったのを機に、検査部から異動して、血漿中の物質、それも食事などの生活習慣に鋭敏に反応する物質である「脂質・リポ蛋白」と「酸化ストレス」の研究を引き続き行ってきました。特に、文科省の知的クラスター創成事業(Ⅱ期)(現在は地域イノベーションクラスタープログラム)であるBio-S において「脂質酸化」をテーマに質量分析(過酸化脂質や抗酸化脂質プラズマローゲン)、過酸化脂質バイオセンサー、酸化リポ蛋白抗体、抗酸化食品開発などの研究を開始し、現在に至っています。

脂質・蛋白分析技術で世界にはばたく!


1.各種疾患で出現する異常リポ蛋白の測定と病態生理的意義の研究
 肝臓の悪化が進むとトリグリセリドに富むLDL が出現します。私たちは、このリポ蛋白が酸化LDL であること、そして、このような患者さんでは過酸化トリグリセリドが増加していることを報告しています。このようなリポ蛋白が出現すると肝臓移植以外に患者さんを救う道はありません。ところが、私たちは健常者の血液中にこのリポ蛋白に対する自己抗体があることを見つけました。つまり、このリポ蛋白は健常者でも少量ながら生産されているが、私たちの体にはそれを中和する抗体が存在して消去しているらしいのです。私たちは、トリグリセリドに富む酸化LDL と自己抗体のそれぞれに対するモノクローナル抗体を開発し、酵素免疫測定法を作製しました。生活習慣との関係、抗酸化食品の摂取でどう変動するか、また、新しい薬剤や治療法の開発に役立てられるかなどを今後明らかにしていきたいと考えています。

2.過酸化脂質の測定と病態生理的意義の研究
 過酸化脂質は動脈硬化症、アルツハイマー病、老化、肥満、非アルコール性脂肪肝炎などの多くの疾患・病態の成立と進展に関連します。過酸化脂質は不安定であるために市販品は得られず、合成化学の技術なくして過酸化脂質の分子レベルの測定を行うことは不可能でした。私たちは、北海道医療大学の惠淑萍講師との共同研究で、様々な脂質種(コレステリルエステル、トリグリセリド、リン脂質、遊離脂肪酸)の過酸化物の化学合成法と精製法を確立し、化学発光検出液体クロマトグラフィーや液体クロマトグラフ質量分析法(LC/MS)による分子種別過酸化脂質測定を報告してきました。一方、質量分析のような高度な方法とは別に、誰もが簡単に過酸化脂質の測定を行える方法も必要です。私たちはカーボンナノチューブを用いてバイオセンサーを開発しています。既に、過酸化脂質や酸化LDL に対して特異的に反応するセンサーを開発し、血中の阻害物質の影響を除くことにも成功しました。
 道内外の企業の方々には、世界でも指折りの過酸化脂質測定ラボが札幌にあるということを知って活用していただきたいと願っています。

3.プラズマローゲンの測定と病態生理的意義の研究
 私たちは北大農学部の原博教授と共同研究でプラズマローゲンを研究しています。このリン脂質は、ビニルエーテルという特殊な構造と多価不飽和脂肪酸を多く含む点でユニークです。エタノールアミン型とコリン型があり、前者は神経系に多く、後者は心臓に多いことから、それぞれの臓器で重要な役割を果たしていると考えられます。実際、アルツハイマー病では進行度に伴って血中エタノールアミン型プラズマローゲンが低下することが2007 年に報告されました。私たちは、現在は、より未知の部分が多いコリン型プラズマローゲンの病態生理学的役割に注目しています。プラズマローゲンを増やす食品や薬品が開発できれば、アルツハイマー病や心臓病の予防や治療に貢献できる可能性がありますので、同じ目標を持つ企業との共同研究を希望しています。

4.原発性アルドステロン症のスクリーニング法の研究
 私が原発性アルドステロン症研究を始めた1980 年代は、原発性アルドステロン症の患者さんは高血圧全体の1%以下しかいないと考えられていました。しかし、90 年代から2000 年代にかけて、国内外の有力施設から相次いで10%前後の高頻度の報告がなされました。私のラボは、尿中18-ヒドロキシコルチゾールを、モノクローナル抗体を用いた酵素免疫測定法(特許)と質量分析の二つの方法で測定できる世界で唯一のラボです。現在、市立札幌病院糖尿病内分泌科の和田典男先生と一緒に道内の症例を集めています。できるだけ多くの原発性アルドステロン症患者を見つけ、彼らを不必要で終わりのない薬物治療から解放したいと願っています。

官の支援で産学を結ぶ


 私は検査部から保健学科に移る時に検査のハードウェアの研究をすることに決めました。ハードウェア研究は研究室の中だけで終わっては意味がありません。企業と手を取り合って、世に測定試薬や測定機器を送りだすことで初めて価値が生まれ、社会に貢
献できます。Bio-S のような官の支援により産学を結び付ける仕組みを継続することは非常に大切だと思います。

世界屈指の高度脂質分析センターを創設する!


 私の研究室の脂質・リポ蛋白分析技術は世界的にも最高レベルに達しており、今後はこの技術を用いて、高度脂質分析センターを作る方向で動いています。他の研究室や民間臨床検査センターが測定できないような高度な脂質関連項目の分析を行うもので、データの解釈も付けて有効にデータを活用していただけるようなサービスを行えるラボが目標です。また、私は、これからはPoint-of-Life Testing の時代だと思います。私の研究室の学生は、自分が作製した抗酸化能センサーで、自動販売機のお茶を測り比べて遊んでいます。「生活の質を上げていくための検査」、それが「病気の診断」という縛りから逃れて検査が大飛躍するためのキーワードだと考えています。

北海道大学 北海道大学 研究者総覧 onちゃん北大事務局 北海道大学研究シーズ集Webサイト
EARTHonEDGE北海道 DEMOLA HOKKAIDO 創業デスク 北海道大学 産学連携メールマガジン