研究者紹介

【ナノテクノロジー・材料】 (2010/05/25公開)

◇グン剣萍(ぐん・ちぇんぴん)教授 大学院理学研究院

ゲルの可能性を追い求めて



 龔(ぐん)教授は、高温超伝導体に関する研究で博士号を取得。学位取得後は、母国・中国への帰国を考えていた。が、高温超伝導体の研究は施設に多額の費用が掛る。そのため研究者としての将来を考えている時に、長田義仁教授(当時。現在、理化学研究所)からの誘いがあり、本学に赴任。そこで「ゲル」に出会った。
 龔教授の研究テーマであるゲルは、高分子の網目構造に水分を多く含んだしなやかな状態の物質。歯や骨を除いた生物内組織のほとんどの部分はゲルで形成されている。
 ゲルは、刺激応答性や摩擦係数が低い特長がある一方、荷重には弱く、形状の40%程度の圧縮で壊れてしまう弱点があった。
 2003 年、龔教授は強くてもろい高分子と柔軟に変形できる高分子を組み合わせた「超高強度ゲル」の開発に成功、90%以上の圧縮にも耐えつつ、生体軟骨に匹敵するほどの丈夫さを持つウェット素材を生み出した。最近では、この素材を50~100 マイクロメートルの厚さまで薄くすることが可能になるなど、その使用範囲は活用が期待されている。現在、龔教授は超高強度ゲルを使った様々な分野の応用研究に着手している。
 一つは、生体内組織の代替物としての利用。龔教授は、人工関節・血管・筋肉などへのゲル利用について研究を進めている。
 例えば、現在の人工関節は金属とプラスティックを材料にしているが、摩擦が大きく、磨耗するため定期的な交換が必要なほか、衝撃吸収が不十分であるため人体への負担が大きいが、人工関節の材料にゲルを利用することにより、これらの問題は解決される。ゲル原料の人工血管は、血管内に血栓ができにくくするほか、ゲル表面で血管細胞を培養することで生体適合性を高めることができ、ゲルそのものに薬剤を含有させることで、血管病の治療も可能になる。
 龔教授は、本学医学部の安田和則教授との共同研究で生体内軟骨の再生にも取り組んでいる。軟骨が欠損した関節にゲルを埋め込み、ゲルの上で軟骨を再生する。現在は動物実験の段階であるが、生体内において軟骨の自然再生は医学の常識を覆すものであり、今後の研究進展が期待されている。
 ゲルを活用した生体補助機能として注目されているのが「バイオマシーン」だ。龔教授らは、我々の筋肉を構成しているタンパク質「アクチン」と「ミオシン」を科学的につなげることでゲル化し、新規の構造体を作成することに成功した。これに化学物質「ATP」を加えることで、構造体は筋肉同様の動きが可能になる。今後の研究では、エネルギー効率を上げ永続的に動くことを目指しており、実現すれば、血管内の清掃や抗がん剤などの薬剤を体内に入れ、患部まで搬送できる。
 ゲルは工業分野での活用も期待されている。海岸の岩場でよく見られる貝や海藻、フジツボ等の海洋生物の付着。これらは、岩礁だけではなく、漁網や船底、発電冷却水取水パイプ等へも付着し、それぞれ関係する業務効率の低下につながっている。また、海洋生物の付着を阻害する薬品は、海洋汚染を引き起こすため世界的に問題となっている。
 龔教授はゲルが持つ付着防止性能に注目、1年間ゲル素材を海中に沈めた結果、付着率が1/10 になることがわかった。このほか、ゲルの特徴である摩擦係数の低さを利用し、よりエネルギー効率の高い駆動装置の開発も進められている。
 今後、工業素材としてのゲルを普及させるには、大量生産が可能になることが必要である。そのため龔教授は、大手化学メーカーとの共同研究を進め、より安価で効率的なゲルの生産システムの開発を進めている。



 龔教授は、企業との連携が大学研究者の研究レベルの向上につながると考えている。
 「大学と企業との連携については、主に研究成果の社会的還元の部分が強調されています。もちろん、研究成果が社会の役に立つことは重要です。ただ少し社会的還元の部分が強調されすぎるような気がします」。
 「企業は社会のニーズをしっかりと把握しています。ですから、研究者は企業と付き合うことで、自らの研究と社会的ニーズとの関係を考える機会を得ることができます。そして、社会のニーズの中に基礎研究のネタがあることに研究者は気付き、新たな基礎研究のテーマが生み出されます。研究者は、企業を通じて、社会と自らの研究をフィードバックさせることができ、
結果的に研究レベル全体の向上につながります」。
 龔教授は、フランスの産学連携が、大学・研究者と企業の両者にメリットがあることに注目している。
 「私は、ピエール=ジル・ド・ジェンヌ(1991 年ノーベル物理学賞)など高名な研究者との交流を通じて、企業との共同研究のあり方を学びました。ヨーロッパの企業にとって、一流の研究者と共同研究を行うことは、企業競争力を高める有効な手段であるため、大学との結びつきを強めることに腐心しています。共同研究では、企業と大学との人材交流が活発で、学位を持つ学生が共同研究先に就職し、企業は大学の基礎研究プロジェクトに人材派遣や資金援助を行っています。人材の育成や基礎研究と応用研究の連関が上手く進んでおり、国全体の産業力強化につながっているのです。このような形態が取れる要因として、各企業内の研究者能力が高いことが挙げられます。日本と異なりフランスでは、企業研究者は博士号を持っていることから、大学研究者とも対等に議論ができるのです。」
 はたして、日本の場合、「産」と「学」が真の意味で協働しているのか。龔教授は次のような見方をしている。
 「日本の場合、企業研究者は修士卒が多いため、残念ながら大学研究者との対等な議論が難しい。そのため共同研究といっても、本当に『共同』になっているかどうか考えるべきでしょう。真の共同研究を進めるためにも、人材育成の方法を産業界・学界・行政機関が一緒になって考える必要があります。この部分を変えないと企業・大学ともに国際競争力の低下は免れません。」


 本学では、平成18 年に学内女性研究者、研究者の卵たちのキャリアアップを支援する「北海道大学女性研究者支援室(http://freshu.ist.hokudai.ac.jp/)」を設立、「女性研究者活躍のための環境整備」と「女性研究者増員のための具体的取り組み」が進められている。北大を拠点に研究活動を行っている研究者全員(約2,400 名)の中に占める女性研究者の割合は、現在11.4%、320 名程度。龔教授は、1993 年から本学に赴任し理系学部の数少ない女性教授として活躍している。
 「日本における女性研究者の少なさは、社会的、文化的な要因が大きいと思います。私自身は、性差による心理的なギャップがない国(中国)で育ったので、女性が研究職を目指すことについて、ことさら意識することはありませんでした。優秀な女子学生が研究の道を諦めるのを見ると、今後は社会全体で、様々なアクションプランを通じ女性研究者の育成に力を注ぐべきだと思います」。
 龔教授は、中国浙江大学大学院を途中退学し、来日。以来、日本で学位を取得し、就職をした。龔教授の研究室にも複数の留学生が在籍している。
 「夜遅くまで研究室に残り頑張っている学生は、ほとんどが留学生です。やはりハングリー精神が強いですね。彼らには、修了後は日本社会で活躍して欲しいと思っています。そのためには外国人が安定して日本で暮らせる仕組み作りが必要となります。今後、日本ではさらに少子高齢化が進みますから、の進行に伴い、海外から優秀な人材を招いて育成し、日本社会で活躍するようすべきです」。
 龔教授が今後目指すのは、研究成果を通じて、社会にゲルの深遠さや面白さを知ってもらうことだ。
 「本学は、ゲルの世界的な研究拠点になっています。これは、1970 年代からゲル研究に取り組まれた長田義仁教授(現、理化学研究所)の先見性によるものです。当初は、あまり注目されていなかったゲルですが、地道な基礎研究の結果、未来の材料素材として認められ始めました。今後は、材料素材としてのゲルの可能性を追究するとともに、基礎研究のさらなる充実を図っていきたいと思います。基礎と応用のバランスこそが、より一層ゲル研究のレベルを高めることにつながります」。

研究シーズ

柔軟かつ強靱なゲル
Update 2018-11-09
北海道大学 北海道大学 研究者総覧 onちゃん北大事務局 北海道大学研究シーズ集Webサイト
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