◆「『すり身』の革新技術」

【ライフサイエンス】 (2013/08/22公開)
水産科学研究科 海洋応用生命科学部門 生命資源利用学分野
今野 久仁彦 教授


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<練り製品とは>

基本の「すり身」


 練り製品製造工程は次のとおりです。まず、材料の地場に水揚げされた新鮮な魚を市場で購入し工場に搬入し、人手あるいは専用の機械で内臓・頭・骨などを除き、魚肉を分取します。それを冷水で数回水晒しして、洗浄された魚肉が練り製品製造の出発材料である「生すり身」となります。これに食塩を加え、石うすなどで擂潰すると、筋肉タンパク質(主成分はミオシン)は塩に溶解し、粘性の高い「肉糊」になります。これを成形、加熱すると練り製品となります。加熱方法(蒸し、ゆで、焼き、油揚)により、様々な特徴を持った製品を作ることが可能であり、原料魚種、加熱方法の多様さから地方色の強い食品です。

「冷凍すり身」技術による「高付加価値化」


 冷凍すり身は1960年頃に北海道立水産試験場でスケトウダラを原料に開発されたものです。そもそも、「タラコ」を求めて漁獲されたスケトウダラは、魚肉でさえ、価値に低い副産物とみなされていました。このような状況で、筋肉部分の「高付加価値化」に成功したのが「冷凍すり身」の開発です。
 練り製品製造工程のうち、「すり身」生産までを分離独立させた中間素材が「冷凍すり身」です。品質を維持したまま長期冷凍貯蔵できるので、製品価格、品質の均一化が可能となります。また、魚体処理に伴う設備投資、人件費、廃棄物処理費用を削減できるので、現在ではほとんどの練り製品は冷凍すり身を原料として生産されています。
 スケトウダラの筋肉は非常に優れたゲル形成能を有するにもかかわらず、それを維持したまま運搬、貯蔵ができないため商品とはなりませんでした。
 では、なぜ「冷凍すり身」が商品となったのでしょうか?
 あの練り製品の弾力のあるゲルを作るのはミオシンというタンパク質です(筋肉収縮の機能を持つタンパク質で、筋肉タンパク質の大部分を占めています)。スケトウダラのミオシンは非常に不安定で、冷凍貯蔵中に容易に変性してしまうので、結果として優れたゲル形成能力が失われてしまいます。このミオシン変性を糖類の添加で抑制したのが冷凍すり身であり、ゲル形成能を維持しながら1年以上も貯蔵することが可能となりました。この発明以来、練り製品製造の原料は冷凍すり身に取って替わられました。また、外国産未利用魚からのすり身生産も推進され、現在はスケトウダラを含め、多くの魚種のすり身が練り製品原料として使われています。水晒しによって魚臭の原因成分を洗い流しているので、すり身はカニ足製品などの発明と重なり、魚食文化がない西洋社会にまで広がった北海道発の国際商品にまでなりました。

図5.2 冷凍すり身の製造方法
出典:「食品加工学-加工から保存まで-」露木英男 田島眞 編集、共立出版
<減塩・減糖分のすり身開発>

クエン酸ナトリウム含有新規すり身の開発


 現在流通している冷凍すり身にはミオシンの変性抑制のため5-8%の糖類の添加は欠かせず、かなり強い甘さを示します。この甘さが好まれる場合もありますが、好ましくない場合もあります。無味の添加物の探索、開発も試みられましたが、成功に至らず、糖類を含まないすり身についてはこれまで事例がありません。私が関わった長崎県のプロジェクト「県産冷凍すり身の新たな製法とその利用法の開発」の中で、今までにない冷凍すり身の開発に成功しました。添加物の特性を、
1.糖類と同等の変性抑制作用
2.食品添加物として認可済み
3.無味
以上の3点として探索した結果、最終的に有機酸塩にたどり着きました。その中で、クエン酸Naはほとんど無味で、同じ濃度で比較するとソルビトールより強い変性抑制作用があることが判明しました。
 水晒し肉にクエン酸Naを添加すると、筋肉タンパク質を溶解し、肉糊様に変化することが判明しました。これは糖類では起こり得ず、クエン酸Naが塩として作用した結果と考えられます。すなわち、クエン酸Naを含むすり身は、すでに筋肉タンパク質が溶解しており、いわゆる「加塩すり身」と同じ効果を示します。これまでの「加塩すり身」では、添加食塩が筋肉タンパク質の変性を促進し、無塩すり身に比べて貯蔵性が悪く、現在ではほとんど製造されていません。しかし、このクエン酸Naを使った「加塩すり身」は貯蔵性が非常に高いのことが特徴です。
 クエン酸Naすり身はすでに筋肉タンパクが溶解しているので、食塩を添加して肉糊に変える擂潰操作は不要となります。このクエン酸Naすり身は、解凍後に成形、加熱すれば練り製品が製造できるため、このようにして製造した練り製品は、甘くも塩辛くもない製品となります。つまり、必要に応じて、様々な味付けが可能であり、用途の幅が広がる可能性があります。ただし、食辛くはないのですが、Naイオンは含まれています。
 練り製品製造では、肉糊を低温で加温してから高温で加熱する二段加熱法が知られており、低温加温工程は「坐り」と呼ばれます。「坐り」工程中に、肉糊のミオシンがすり身に含まれている魚肉由来の架橋酵素、‘TGase’により架橋され、練り製品の歯ごたえを生み出すと言われています。この架橋酵素はCaイオンを必要としますが、クエン酸はキレート作用を有しており、Caイオンを酵素から奪うことになり、酵素は不活性化されます。結果として、架橋反応は起こりません。すなわち、このクエン酸Na含有すり身では坐り工程を入れない「直加熱型の練り製品」に最適な原料ということができます。製品の硬さは十分ですが、坐りを入れたものとは異なる物性を示します。もし坐り効果を入れた歯ごたえが必要な場合は、Caイオンを要求しない微生物由来のTGaseを含むアクティバのような添加物を使用すれば、クエン酸Naすり身でも十分にその架橋作用が発揮されますので、期待する物性が得られるでしょう。

スルメイカを材料とした練り製品


 まず、スルメイカ肉から練り製品を作ろうとすれば、まずイカ肉に食塩を添加して擂潰し肉糊に変え、それを加熱することになります。魚肉と違い、スルメイカ筋肉には非常に強い金属プロテアーゼが含まれております。ミオシンは塩に溶解するとこの酵素の作用を受けやすくなります。さらに、肉糊が加温される最中に、温度上昇によりミオシン分解が促進されます。加熱ゲルを形成するためには、細長い形状をしているミオシン分子が加熱により絡まり合うことで出来るネットワークが必要ですが、ミオシンが分解されればこれが形成されなくなります。これがスルメイカ筋肉から優れた物性を示す練り製品は製造できない理由です。しかし、クエン酸は金属イオンをキレートする作用がありますので、金属プロテアーゼ活性を完全に抑制しますので、クエン酸Na含有「イカすり身」の肉糊を加熱しても、ミオシン分解は起こりません。このクエン酸Naの導入により、スルメイカから優れたゲル物性を有する練り製品の製造が可能となりました。
 このように、ゲル化に関わるタンパク質成分の特性、機能およびそれに関わる種々成分の作用を基礎から明らかにすることで、これまでにない製品開発に成功しました。

知的財産権

特許第4621834号
「魚肉を原料とした練り製品の製造方法」
特許第4621834(80 KB)

研究室ホームページ

http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~a20047/
Update 2016-12-14
北海道大学 TLO通信 創業デスク 北海道大学研究シーズ集 vol.4
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