シーズ技術紹介

【その他】 (2014/01/20公開)

◆「吸い込み消火法による閉鎖空間の初期消火」

大学院工学研究院 機械宇宙工学部門
中村 祐二 准教授

火災時の有毒ガスの怖さ


 火災に遭遇した際、多くの人命が奪われる直接要因は「熱傷」ではなく「有毒ガスによる中毒」であることはご存知であろうか? もちろん熱傷は危険であるが、酸素不足で燻(くすぶ)り続けた固体から放出される燃焼中間生成物の中には、極めて有害な物質が多く含まれ、それらのうち微量でも致死量に至らしめるものがあるためである。不完全燃焼で発生する一酸化炭素(CO)はその代表例であるが、最近の材料は難燃性を向上させるためいろいろな「混ぜ物」をしており、それが反応防止に寄与する一方で猛毒化するものが多い。そのため特にガスが充満しやすい環境での火災対策では「(初期段階で)火を消す」のと同時にこれらのガス(またはヒューム)への対応をすることも人命救助の観点から極めて重要な課題である(が、あまりなされていないというのが実際である)。
 さて、宇宙空間や航空機、潜水艦などといった閉鎖空間では火災が起きると人命が直ちに脅かされるためにその排除は必須課題である。前記の通り、そのような特殊環境で用いる材料には「燃えにくいもの」が選定されるが、それらが何らかの要因で一旦燻り出すと「炎は出なくても人体を危険に晒す」可能性があるため、特にこれらの閉鎖空間においては、単に「消す」以外のケアが必要になることは想定の範疇であるべきである。しかしながら、現状の消火装置として採用されているのは(驚くべきことに)通常我々の日常生活でも馴染みのある「噴射型の消火器」なのである。特徴的なところを挙げるとすれば、例えば現在、宇宙で用いられている消火器に封入されている消火薬剤は、地上で最も頻繁に用いられるもの(ABC消火薬)ではなく、二酸化炭素や窒素といった「不活性ガス」である(NASA、ESA、JAXAなどはこぞってこれを採用)ことに限る。つまり薬剤以外に通常の消火器とは何ら変わらないのである。なぜ宇宙でも従来型の消火器が消火設備として採用されたのかは定かではないが、恐らく「技術的に熟成している」ことに起因すると思われる。ただ、実際にミール(ロシアの宇宙ステーション)で酸素供給装置が火災に遭遇した際、設備されていた消火器を用いて火は消し止められたものの、残留する燃焼ガスを除去するのに(内部換気によるフィルタ吸着)相当時間を要したという報告がある。その間、火災に遭遇した空間は使い物にならないのは当然のことである。少し難しい話をすれば、ガスが空間に放出されると拡散により「一様になろう」とするためエントロピー的には高い状態(=無秩序の状態)になる。要するに、全体的に薄まるのである。それを「集める(=秩序のある状態)」という作業にはそれ相当のエネルギーが必要であることは熱力学を習った人であれば誰もが知っていることである。つまり「(不可逆過程である)拡散してしまった後に集める」という、いかにも非効率的なことを実行するような設計は、技術的には極めて未成熟であるように思えるのは私だけであろうか。むしろ「そうなる前に対策をする」ことが望ましいと考える方が、熱力学を習得した人間からすれば当然の帰結のように思えて仕方がない。
 ところで、燃えている固体を「消す」ためには、固体表面の反応を阻止してそこからのガス放出(このガスが空気中の酸素と「燃えて」火となり、その火からの熱が固体に伝わり反応を持続させる)を抑えることが必須である。酸化反応を抑制するためには表面に達する酸素をブロックすることが有効であり、反応自体を弱化するには温度を下げることが有効であるので、これら2点を消火装置でケアする必要がある。実はこの効果(酸化防止、表面冷却)を、既存技術である「不活性ガスの吹付け」にて達成するには極めて困難である。火源表面付近を不活性ガスで満たし続けることで前者(酸化反応をブロックすること)は可能であるが、そのためには大量の消火剤が必要であると共に、いずれ閉鎖空間は不活性ガスで満たされて窒息してしまうことになる(その結果、火は消えるが人も生活できない。このため、宇宙での消火活動では酸素マスク着用がマストである)。酸素が非常に貴重な宇宙でこれをするのは勿体ない。その上、単に酸化反応を止めるだけでは即時の冷却効果が期待できないので、酸化を伴わない熱分解反応は進行し続け、有毒ガスは(緩やかながら)放出し続けることになる。特に宇宙空間では浮力に起因する自然対流が期待できないため、地上場で期待されるような自然冷却効果がなく、熱は火源付近にこもり、熱分解反応の進行には有利に働く。宇宙でこのようなことが起きると、前記ミールの火災事故後と同様、その室内はしばらく利用不可能となり、タイトな時間管理をされているミッション全てが実現できなくなる。この代償は極めて大きい。
 このような問題を解決するには、「炎を消す」と同時に、「固体から発生する分解ガスを取り去る」ことが可能で、且つ「燃焼面を冷却する効果のある」消火方法を導入することが望ましい。

図A 吸い込み消火装置の概念図

吸い込み消火法による閉鎖空間の初期消火


 「吹き出して消すのがダメなら、吸えばいい」。これが本技術の基本概念である。押してダメなら引いてみな、と同じ考え方ともいえよう。以下、具体的な技術内容について簡単に紹介する。

 図Aは吸い込み消火装置の概念図である。消火ボックスと呼ばれる箱の中を低圧にしておき、そこから伸びている吸引口についている弁を開けると、内外の圧力差によって吸い込みを開始する。吸い込むものは、固体表面から放出される(気相の酸素と燃焼反応をもたらす)可燃ガス成分およびフュームなどの燃焼生成物、被燃焼物そのものである。液体が燃料の場合は液体を、固体が燃料の場合は固体を同時に吸い込む。この操作により、消火ボックス内部には可燃物が(燃えながら)流入してくるが、この箱の内部に消火設備(消火薬剤を吹き付ける装置など)を取り付けておけば、この箱の中で安全に消火できることになる。イメージとしては掃除機そのもので、掃除機の本体内部に消火薬剤と吸い込んだものが混ざり合う機構を設けて消炎に至らしめるもの、と考えてもらって差し支えない。
 この機構が消火装置として働くためには、「(周囲空間よりも)低圧場」を用意して連続吸引を実現させることが必須である。そのため高真空を得るための機構が必要になるが、例えば宇宙空間では高真空はいとも容易く入手できるので、本消火概念を宇宙機に適用することは最も適切な応用であると考える。
 なお、このような「くだらない」アイデアは他にもあるまいと思いつつ、開発当初(2011年)に既存特許を調べてみたら、なんと(泣く子も黙る)大手大企業が「宇宙用の消火方法」として、船内のガスを全て船外に吐き出して消火させるという方式を特許庁に申請し、受理されていた(図B参照)。

図B 三菱重工による消火方法(左)、我々の消火方法(右)
 大きな違いは「そのまま船外に全てのガスを吐き出す」か「消火ボックス内に閉じ込める」かの違いであるが、宇宙の場合、船外には多くの電子機器、太陽電池パネルなどの汚れが付着したら性能を保持できないものが多く存在するので、アウトガスの管理は極めて厳重になされる。それを考えると、我々の方式ではそのような問題を回避しており、優れていると自負している。

(図左)吸い込み開始(0.0s) (図中央)0.36s後(吸い込み停止)  (図右)1.0s後

(図左)吸い込み開始(0.0s) (図中央)0.36s後(吸い込み継続) (図右)1.0s後(吸い込み停止)
図C 電線上を燃え拡がる火炎に対して吸い込み消火を試みた例。
(上:吸い込みを0.36s後に停止した場合、下:吸い込みを1.0sにて停止した場合。 0.36sで炎は消えるが燃焼ガス・フュームが放出されていることがわかるが、1.0sまで吸い込みを継続するとそれまで完全に除去できることがわかる)

 具体的に消火テストを実施した事例を幾つか紹介する。消火対象の例としては、宇宙火災で最も多くの要因とされている電線火災である(ここでは通常使われる電線ではなくそれのモデルとなる模擬電線を用いて試験を行った)。図Cには吸引停止時間を変えた場合に分解ガスがどれほど除去できるかを示したものであり、炎が消失しても吸引を続けることで分解ガスの火災現場から効果的に除去できることがわかる。

図D 吸引タイミング可変装置の一部(左)、吸引時の速度分布(右)
 図Dには火炎を上部に取り付けられた空印口から吸引して消火に至らしめる過程のセンサ類の装置を含めたスナップショットである。吸引時には右図に示されるような速度場が有機され、これがガス吸引、被燃焼物の吸引をもたらす。

図E 吸引消火過程におけるシュリーレン画像
 図Eには、吸引による消炎過程における影絵(シュリーレン)画像である。吸引開始から0.54s後にはガス吸引により炎が完全に消失するが、その後しばらくしてから被燃焼物である電線被覆(高分子材)が高温になって溶融したもの(図中にはMolten PEとして表記)も吸引口に向かって吸引されていることがわかる。このように燃焼生成ガスのみならず、燃焼するもの自体も吸い込むことで、火災現場から火種を効果的に取り除くことが確認できた。

今後の応用展開


 前記に例で挙げた閉鎖空間での消火方法としては有効に働く。全く新しい概念であり、通常の消火器に比べて「技術的実績」は全く劣るため(現在は本人による研究段階である)、導入には困難がつきまとうと想像できるが、今後の有人宇宙計画が本格的に進行する中で安全に宇宙を航行するための一つの案として少なくとも技術的評価を受けて検討されるべき概念であると信じる。特に宇宙空間では前記の通り、超高真空場を簡単に得ることができるため、応用先としては最適である。

 また、有毒ガスのうち放射線元素を含む場合は特に大気への拡散が問題になるため、原子力施設での消火装置としても有効に働く可能性もあろう。
宇宙などの特殊空間以外の用途としては、現実的なところでは「(例えば)金属粉の火災」への適用が考えられる。通常の消火装置は「消火薬剤を噴射する」ため、消火活動中に火源である金属粉が飛び散ってしまうという問題がある(図F参照)。

図F 燃焼するマグネシウムに対して噴射消火を試みた例(Hazard Contl. Tech.社の技術資料より抜粋)

図G 金属粉火災に吸い込み消火概念を適用した際の装置(案)
 金属粉は燃焼しだすと莫大は発熱量を放出するため、周囲の可燃物を容易に着火させ得る能力があり、消火のための飛散は却って火災規模を増加させることにもなりかねない。   
 また、この「飛散」という事象も学術的には(前記に示した通りの)エントロピー増大(=無秩序状態)をもたらすため、効果的とは程遠い。しかし、本消火概念を適用し、消火用容器内に「吸い込む」ことで、消火活動はその中のみを対象にすれば良く、飛散もせずに効果的(=最適)な消火が可能である。もちろんその容器内部での爆発などは避けねばならないが(=実例として、金属粉を吸い込む掃除機内で、吸引中の摩擦により発火して爆発したという事故例も報告されている)、もともと「燃えるものを吸い込む」という意識で設計すれば、技術的に対応可能な範囲と考える。
 吸い込み後の空間内部での消火装置を簡素化することで、一般家庭の掃除機のそれを取り付ければ、例えばカーペットのボヤなどに対して消火器ではなく掃除機で消火させることも可能になるかもしれない。
「消火もできる掃除機 本日販売! NASAも採用した技術を流用しています!」というフレーズが将来店頭で目にすることは、夢の見過ぎであろうか。


その他 関連情報

1.薄木太一,中村祐二,若月 薫,"吸い込み法による消火法の検討(A novel Extinction strategy for Space fire; Vacuum Extinction Method)",平成25年度日本火災学会研究発表会概要集,熊本(2013.6),pp.130-131.
2.Usuki, T., Nakamura, Y., and Wakatsuki, K., "A Novel Extinction Strategy for Space Fire; Vacuum Extinction Method", Proc. 29th International Symposium on Space Technology and Science, Nagoya, Japan (2013.6), 2013-o-4-09 (on USB).
3.中村祐二,薄木太一,若月 薫,"吸い込み消火による消炎現象に関する可視化",高速度イメージングとフォトニクスに関する総合シンポジウム2013講演論文集,室蘭(2013.10),論文番号18-103 (on CD-ROM), p.12.
4.薄木太一,中村祐二,若月 薫,"宇宙船における新しい消火方法:吸い込み消火法に関する諸検討(The Novel Extinction Method in Spacecraft: Evaluation for The Vacuum Extinction Method)",日本マイクログラビティ応用学会第27回学術講演会(JASMAC-27)講演論文集,東京(2013.11),発表予定

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北海道大学 TLO通信 創業デスク 北海道大学研究シーズ集 vol.3
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