◇対談◇採血不要の脂質計 ~針を刺さずに光を射す~

※インタビューは取材日時点の情報ですので、内容やリンク先が変わっていることがあります


左から牧内副機構長、川端機構長、飯永社長、小野寺産学協働マネージャー


メディカルフォトニクス株式会社


  • 代表取締役 飯永一也


北海道大学産学・地域協働推進機構



平成28年10月18日に、北大発認定ベンチャー企業「メディカルフォトニクス株式会社」代表取締役飯永一也氏に「創業・技術・経営・大学との関係」について伺いました。

メディカルフォトニクス株式会社では採血不要の血液検査で健康管理をサポートするための技術を開発しています。
創業が試薬会社のサラリーマン時代に北大情報科学研究科の先生とのディスカッションが発端となったことや、大学との関係など多岐にわたってお話しいただきました。

創 業 -発端はサラリーマン時代の先生とのディスカッション-


川端:飯永さんの会社は現在創業3年目で、アベノミクス以後のベンチャーという、いわば最新世代になりますね。創業に関する事をお聞かせください。

飯永:会社をつくるにあたっては「このようにすれば、こうなる」といったマニュアル通りとは行かないことが多くありますね。最初は、脂質の検査を皆さんに認知してもらいたい、そう思っていました。

研究の始まりは、私がまだサラリーマンだった時、情報科学の先生からのお話の中で「血糖計測がうまくいっていない」ということをお聞きし、そこから「脂質の場合は濁っており、目視でわかる」という経験的な発想からでした。

それからは意外と簡単に…となるはずだったのですが、実はそうでもなかったのです。検査の会社から出て一歩踏み込んだ時、誰も「検査のことを知らない」いわば「データしか知らない」。逐一、皆に対する説明が必要になったのです。

私は自分が知っていることは、多くの人が知っていると思っていたのですが、実は自分の業界の中だけの狭い範囲にいたのだ、ということを実感いたしました。

牧内:もともと、会社に勤務していた時からベンチャーについて考えをお持ちだったのでしょうか?

飯永:私は検査試薬(血液検査を行ったあとに薬で反応をさせる試薬)を作る会社に勤務していましたが、30歳を超えたころからでしょうか、サラリーマンを続けつつも「このままでいいのかな?」と思い始めました。


川端:その会社での経験を基に「脂質を簡単に見る」、そういうイメージを持ったけれども親会社では難しいので、自分でやるということになったのですね。

飯永さんが目指す、ベンチャーの姿とはどのようなものですか?

飯永:実は当時「ベンチャー」という言葉をあまりよく知らなかったのですが、以前から漠然と会社をつくりたいと思っていました。しかしそれはベンチャーを起こす、というのでは無かったように思います。

ですが30歳を超え、私が漠然と「このままでいいのかな?」と思い始めたちょうどその時期に、当時勤務していた会社の仕事で北大を担当することになったのです。

他の先生方と共同研究を進める中で「大学の先生は面白いものを持っている。でも埋まっているものもある。」という思いを持ちながら過ごしていましたが、そのうち「自分ならこうするのに、こうしたら面白いのに。」と考えるようになったのです。

そういう思いを持ちつつ、先生方からお話を聞いているうちにアイデアが浮かび、会社に持ち帰って提案したのですが、会社に新しいことを提案する難しさを実感しました。

そのうち「自分でもっと自由にできないのだろうか」という思いが強まり、それが少しずつ積もっていった結果がベンチャーということになると思います。

会社を設立し、各企業の開発部の方々とお会いする機会にも恵まれるようになりました。その中で思う事は、なかなか新しいことに一歩踏み出せない企業が多い、ということです。本当は「取り組みたいけれども、リスクが気になる」ということですね。

実は若い人の方が起業したいと思っているのかもしれませんが、リスクを考えその先に進めない人が多くいるのかもしれません。会社に勤めていると、当たり前ですが「会社のためになること、会社にとって利益をもたらすこと」が大事なのです。


川端:飯永さんご自身のリスク感はいかがでしたか?家族のご協力など、反対されませんでしたか?

飯永:妻には以前から起業したいと言う事は伝えて話し合っていたので問題はありませんでした。でも今は経理の仕事も家庭もすべてを任せていますので「忙しくて大変です」と言われています。

牧内:小野寺さんからみて飯永さんのようなパターン、技術を実際に研究するために研究員として大学に入り、ベンチャーを立ち上げるような方は世の中にどれくらいいるのでしょうか?

小野寺:はじめてに近いですね。最初の特許を出した時に、ベンチャーの可能性を示唆していました。確かにアイデア自体が結構斬新だったので覚えています。2012年に発明を受けました。

従来は光の吸収で色々な物を見て乖離して、それを除くのですが、中々取りきれない、ということに飯永さんは悩んでいました。それから「脂質に限定してサイズを大きくしたものを散乱で見ればクリアに見える」というアイデアが非常に斬新でした。「これは面白い」と思ったのは事実です。何とかしたい、ということで特許をいままで支えて来ました。リスクを取りながら動き、そのうえで判断しているので、応援したいと思っています。

経 営 -産学連携本部のサポートで特許化-


川端:資金はどの様にされていたのでしょうか。

飯永:退職金と親族から集めたお金を元にして運営していました。「それでもやるぞ!」という思いでやってきました。ですが、研究開発資金に関しては、産学連携本部の実証研究推進助成事業(hoppers)とJSTの研究成果最適展開支援プログラム(A-step)、さらに外国出願の費用、手続等、大学からも様々なサポートをしていただきました。


小野寺:2012年12月に最初の特許出願をしました。そして2013年11月にPCT出願です。これは非常に重要な発明でもあったので、そのための外国特許の出願は飯永さん一人では大変だろうということでサポートいたしました。費用の面ではJSTの支援が通らなければ実現しなかったのですが、このときばかりは皆一丸となって協力しました。

川端:販売はB to Bですか?

飯永:販売は基本的にはB to Bでやっていこうと思っています。自社単独ではB to Cはテストマーケティングが限界と思われ、製品のラインナップも当面は1種類が限度であり本格参入は厳しいと思います。さらに販路が無い状況ですので、現時点の理想としては大手の企業さんにライセンスする、というのが現実的なのではないかと思います。

川端:POCをしっかりとして、最終的にはパッケージしてライセンスアウトする、と。

飯永:そうですね「最終的にライセンスアウトやバイアウト、IPOを目指すのか」という事に関して言いますと、今のところ少し流動的です。技術的な特許(権利)に関していえば、自分の会社で抱えていても世間には広まらないので、ライセンスをしていく事を目標とする展開を考えていきたいと思っています。

まずは皆さんに「この技術を知ってもらいたい」そういう思いが強くあります。


牧内:ベンチャーの促進支援が揃ってきたように思いますが、飯永さんが実感されたことはありますか?

飯永:企業とのマッチングの機会やピッチなどが盛んになってきていると思います。という事は大手にアピールしやすくなったように感じられます。上手くいくかどうか、という事とは別だと思いますが、これまでは対象となる会社一社ずつにメールをお送りして返事を待つ、というような進め方をしていました。ですが大勢の方々がいる前で話をすることによって、相手方から連絡が来るようになったので、その違いが良くわかります。

川端:ピッチでは、直接メーカーからの連絡がある場合も、という事ですが、マネジメント、VCの人たちがいて「経営を一緒にやりましょう」となった場合はどのように?

飯永:共同経営の場合は少し判断に時間がかかると思いますが、NEDOの施策の一つ、STS(VCが投資し、さらにNEDOも負担)で一緒にやろうという企業があったのですが、それは採択されませんでした。現在は出資を受けて運営している状態ではないのですが、これから2~3度はVCの出資を受けたいと思っているところです。

牧内:上場を目指している会社として考えている、ということになりますか?

飯永:上場は考えておりません。VC何社かと話した際に、IPOを目指さなくとも、株を買い取ってくれる、買い戻してくれるというのならば、それでも良いのではないか、と思っていたこともありますが、会社を継続していくことに関して言いますと、この技術を理解している人達で運営できることを優先的に考えています。

牧内:では飯永さんの最終的なアウトプットとしては「アイデアを製品にして完了」というイメージをお持ちなのでしょうか。

飯永:私がイメージするアウトプットはそうかもしれません。「ここから会社をどんどん大きくする」ということをステージとするならば「社長は私ではない方がいいのかもしれない」とは思っています。技術をある程度形にするところまでが私の役割ではないのかと思っています。


川端:販売できる、キットのようなものがあるのですか?

飯永:今はまだ検査キットができていません。今後製品化して販売へ、技術者向けに少しビジネスができるか検討しているところです。

本当の開発スタートは2011年で、もう5~6年前になります。だいぶ長く前から北大のお世話になっています。
起業することになった本当の始まりは、実はアイデアレベルの「思いつき」でした。私はベンチャーというのも考えていなかったのです。自分でやるということも頭の中には無かったので、ただ「アイデアがもったいない」と思っていました。

そこで「清水先生の研究室でやってもらえませんか?」と、話したところ「そこまで熱意があるのなら、いっそのこと自分でやってみてはどうだろうか、社会人学生という制度もあるのだし。」ということになったのです。

それで、起業を続けながら社会人学生として北大に入り、区切りの良いときに会社を辞め、完全に北大へ籍を移したのです。その時に「ここでビジネスの加速化をさせないと!」という感覚がありました。

川端:大学は技術シーズが多く埋まっている場所だと思います。大学はそういったことを実現するにふさわしい環境だったと思いますが、大学に対してこうあるべき、またはこうしたらいいのではないかと思う事はありますか?

飯永:技術シーズとして面白いものはいくつかあると思っています。そういったものについて、育てたいと言う人がいた場合に特許を使ってもらう、そういう事もいいのではと思っています。

牧内:私たちとしては大学の中にシーズが多い、という話は先ほどしましたが、大学の先生に「誰か社長をやってくれる人いない?」と話した時に「あの人がいますよ」と紹介してくれるようになることを期待しているところもあります。

飯永:それについては私も漠然と思うところがあります。社長になって経営する人と、研究をする人というのは違うような気がしますし、そういう人を育てることが大切なことなのだと思います。フリーランスの経営者のような人たちがもっといると、また変わってくるのではないかな、という気はします。

大学との関係 -インキュベーションとオープンファシリティ-


川端:大学との関係についてなにか思いつくようなことはありますか?

飯永:オープンファシリティは、共同研究をしていなくても使わせてほしい、ということでしょうか。買ってしまうと高いし場所も取る、実験もそれだけになってしまいますので、使わせてもらえるのであればそれはうれしいことだと思います。

現在は共同研究をしているので使わせてもらっていますが、さらにこれから自立していくことになった時など必要になる時期がやってくると思うのです。そのとき「きっと必要だけれど日常的に使用するものではない」という場合にオープンファシリティを使わせてもらえるとありがたいと思っています。

牧内:飯永さんの会社と大学との関係で言いますと、「大学の敷地内に会社があり、特許契約を結び共同研究で施設を使っている」という事で、ベンチャー支援ラインナップが揃っていて、大学を上手に活用していただいているという状態だと思います。

飯永:BS(ビジネス・スプリング)は建物もしっかりしていますし、セキュリティもしっかりしています。オープンファシリティもそうですね。工業試験場も近いので、立地的にはいいと思います。工業試験場は「そろそろ安全性の試験等をしよう」という時にはとても使いやすい場所にあると思います。

川端:今後、飯永さんの関わり方としては、大学に何かをしたい、そういう思いはありますか?

飯永:イメージとしては、北大技術支援ファンドのようなものを作って経営支援をしてみたい、そう思っています。


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