研究者紹介
留学で身につけたこと
私は日本の高校を卒業後に米国のユタ州に留学し、学士号(B.S.)と博士号(Ph.D.)を取得しました。帰国後は、ポスドク・助教を経て2015年から准教授として北大工学部で化学の教育・研究に努めています。
近年は、大学での英語教育の充実、さらには留学を推奨していますが、私自身が学生の頃はこのような制度はほとんどありませんでした。そのため、本格的に国際化された環境において学び、教育・研究に関する世界的な視点を身につけるために、大学学部より米国への留学を決意しました。
留学を通して感じたことは、各国の学生・研究者は化学という共通の畑に身を置いているが、考え方や取り組み方は全く違っていることでした。よく言われることですが、日本では組織という社会的単位を重要視しますが、米国では個人に重点を置きます。この違いが、輩出する人材に大きく影響していると考えられます。
例えば、日本の教育形態は研究室の基盤となる知識や技術がきちんと先輩から後輩に受け継がれるしくみがありますが、同時に発想やアイデアまでも踏襲することも少なくありません。それに対し、米国では個人の独立性が試され、類似の研究を行っていては一人前と認められません。そして、その独立性が新概念の創始につながることも頻繁にあります。 このように世界各国の教育・研究に対する考え方や取り組み方を実感できたのは大変良い経験でした。
かたち(トポロジー)から特性向上を図る
近年、合成技術の目覚ましい進展により、多様な化学構造の単環状および多環状高分子の合成が可能になりました。それに応じて様々な研究が行われ、かたち(トポロジー)に基づく高分子材料の特異な性質と機能、および自己組織化状態での環状高分子の特性に関して多くの知見が得られています。当研究室では、直鎖状高分子や分岐高分子では実現できない環状高分子の特徴的な性質と機能を代表的な研究テーマのひとつとして追求しています。特に、環状高分子が自己組織化と応答性に及ぼす従来にないトポロジー効果に焦点を当て、新奇機能材料としての可能性を追求しています。
自己組織化は、分子レベルの精度を有する機能的ナノ構造を構築するための非常に有効プロセスであり、両親媒性ブロック共重合体から作られるミセルならびにベシクルは、幅広い用途の可能性をもつ典型的な例です。
当研究室では、ポリ(n-ブチルアクリレート)(PBA)セグメントとポリ(エチレンオキシド)(PEO)セグメントを持つ一連の両親媒性直鎖状ブロック共重合体、およびそれを環状化した高分子を作製し、自己組織化によってミセルを形成しました(図1)。
その物性を調査したところ、自己組織化によるトポロジー効果の増幅が起こり、直鎖状高分子のミセルに対して環状高分子のミセルの安定性が顕著に向上しました。つまり、ミセルの構造崩壊温度を表す曇点の測定では、直鎖状高分子ミセルは24~27 °Cで壊れ懸濁することが観察されたのに対し、環状高分子ミセルは71~74 °Cの高温まで安定でした。従って、高分子トポロジーの直鎖状から環状への変化により、化学構造と分子量が不変であるにもからわらず、ミセルの熱的安定性の大幅な改善がもたらされました。
さらに、様々な組成で環状高分子と直鎖状高分子を混合するだけで作製した一連のミセルの熱安定性の系統的な調整も達成しました。
また、ポリスチレン(PS)およびポリエチレンオキシド(PEO)セグメントから成る直鎖状高分子および環状高分子の自己組織化により二分子膜が球状に閉じた中空構造であるベシクルを構築し、透過型電子顕微鏡(TEM)、動的光散乱(DLS)、および静的光散乱(SLS)によって特性を明らかにしました(図2)。
注目すべきは、ベシクルの熱的安定性はミセルの場合とは反対であり、直鎖状高分子ベシクルの方が環状高分子ベシクルより高くなりました。さらに、ベシクルの熱安定性は、ミセルの場合と同様に直鎖状高分子と環状高分子の比率によって制御可能でした。
ミセル:親水部(水になじみやすい部分)と疎水部(油になじみやすい部分)を合わせ持つ分子が、親水部を外に疎水部を内にした球状の会合体。身近なものでは水中の石けん分子がミセルを形成する ベシクル:親水部を外に疎水部を内に向けた二重層の膜がカプセル状に閉じた分子集合体。細胞膜に構造が似ている。内部に薬剤などを取り込むことも可能である 自己組織化:雪の結晶の生成などの秩序を持つ構造を自立的に作り出す現象のこと。前述のミセルやベシクルの形成も自己組織化の例である
産学連携・社会貢献に対する思い
私たちが行っている研究について材料科学の視点からの最大の特徴は、高分子そのものの化学構造や分子量を変えることなく、高分子鎖1本につきたった1か所の化学反応で効率良く直鎖・環構造を切り替えることで激変する特性に着目し、新奇機能性高分子材料を創出するという点であり、この手法は材料科学分野のブレイクスルーとなり得ると考えています。
また、環と直鎖を切り替えにより材料物性を制御するという本手法は、高分子の繰り返し単位に対する化学修飾ではないため、既存の高分子材料の高機能化にも広く適用可能であると期待されます。同様に化学修飾ではないため、毒性や環境汚染の懸念がほとんどありません。
さらに、高分子材料へのトポロジーという概念の導入は、高分子科学、材料科学、および理論・計算・測定を融合した新分野の確立に向けて大きな意義があります。これは、トポロジーという概念を高分子材料設計に適用するというパラダイムを構築し、材料科学分野の進展に貢献するものであると考えています。